降り止まぬスコール(マスカット)

 街に革命は起きなかった。
 ひとすじの風が木立を歌いぬける。太陽を待つ小麦色の草原に、ぽつんと膝を抱える赤毛の小屋が、そのコックの小さな店だった。コックはその日目覚めてから一番に窓を開けた。普段は起き抜けの頭をボリボリやりながら台所のポインセチアに水をやって、顔を洗って三角髭にクリームを塗って、それから窓を開けるのだ。それは朝の四番目の仕事だった。
 コックはいまだ夢の余韻にひたっていた。夢の中でコックは、世にも珍しい魚と世にも珍しいスパイスで、世にも珍しい料理をこしらえたのだった。それはもう、見ただけでよだれがあふれるほどの美味であり、匂いに引かれやってきた街の人々で、店はあふれんばかりの大繁盛となった。コックは開けた窓から朝の空気をめいっぱい吸い込むと、吐き出さぬうちに家を出た。

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