四つ目のタナトス

 換気扇を通して、雷鳴の轟くのを聞きました。私はキッチンで、夕食の支度をしていました。

 窓の向こうで、芝生がみるみる濡れていくのが見えました。深い緑色の一面に、きらきらと危なっかしげに雨の破片が散っています。裸足で歩く大きな犬が、通りの向こうを濡れて過ぎます。金色の毛並みは、薄暗くなった空の下で、蛾の燐光のように光っています。

 手紙を、見に行かなければなりません。郵便受けが閉じる音がしました。忍び足の配達夫が、残していった慌ただしさを、雨が洗い流したらすぐに。

 手紙が濡れています。隙間だらけの郵便受けは、もう私の知らない誰かのものです。その郵便受けは、私のいちばん遠い人が作って、抜け殻だけを残しています。もう私のものではなくなってしまった白い箱の中に、私のものになるかもしれないいくつかの新しさがのぞいています。

 毎日たくさんの手紙が届きます。

 これはいらない。すぐにやぶってしまいます。これもいらない。これも。

 必要なものと、必要でないものを、注意深く選ばなければなりません。私の抽斗は、いつからか、もういっぱいなのです。

 底に張りついた最後の一枚を、私は残したまま家に戻ります。私の荒れた指先に、濡れた紙のひとひらは脆すぎます。明日また、見てみようと思います。明日晴れれば、滲んだインクも、乾いているかもしれません。

 いなびかりが二度、閃いてもう少し暗くなりました。あるいはまた、たくさんの隙間のどれかひとつから、雨晴れの空に、最後の手紙がひらり舞い上がって消えていれば、それもまたいいかと思います。私は雨の見えるキッチンで、そう考えていました。

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