コバルト・ラインズ その1

月が出なくなった。最初に気付いたのは占い師だった。すぐにニュースになった。どこかの昼に消えて、どこかの夜に現れて、どこかの朝に隠れて、二度と現れなかった。大騒ぎになった。様々なことが憶測され、様々のことが起こった。忽然と消えてしまった月をなんとか見つけようとして、世界でいちばん大きな天文台に、世界中から選りすぐりの学者たちが招聘され、日々眠らずの議論が交わされた。私は十日と何日か掛けて、飛行機と船と列車とバスを乗り継いで、途中ずいぶん歩いて、その天文台に辿り着いた。というのも、いくつかの国では、混乱に乗じて、無関係な争いが起こっていたからだった。私は厳重な警備の敷かれている天文台の辺りを、ぐるりと歩いてみた。そこかしこに棘のような紫色の花が咲いていた。罠のように危なく咲いていた。嵐のような海が、崖のそばまで迫っていた。私は上着の内ポケットをそっと撫でて、月の輪郭をそっとなぞって、紫色の花を右手に摘んだ。花びらのあいだから、一匹のハナムグリが這い出て、巨大なパラボラアンテナに向かって飛んでいった。

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