昏睡文明 その5

 想像力を抱えて暮らす。誰も傷つけない、平和で静かな暴力。それは常に頭の中心にあって、頸椎の辺りから頭頂に向かってしらしらと生えている。冷たく研ぎ澄まされていて、世界のまっただ中に突きつけられている。透明な刃。暗い海を見下ろすと、のっぺりと濁った海水が粘着質の音を立てて動いている。体の中のいろんな体液、例えば消化液とか、リンパ液とか、そういう液体はきっとこんな音を立てて流れるんじゃないか。喉の奥からやってきて、声帯を震わせない音。波のまにまに漂っているのはビニール袋だろうか。白い影を浮かべている。もしかしたらクラゲかもしれない。だとしたらかなりの乳白色だ。そんなクラゲがいるのかどうかわからないが、想像してみるとなかなかミルキーでかわいいかもしれない。たぶん触手も丸っこくて、手のひらサイズで、目もつぶらでクリッとして、あぶあぶあぶ、とか言ったりするんだろう。そういうわけだから、あれはクラゲではない。それが今わかってしまった。ビニール袋にしても同じ事だ。どこのコンビニのものだろう。あるいはスーパー、弁当屋、あるいは無地? 夜の海は特別なのか。同じ事だ。昼でも夜でも代わりはしない。錆びた鉈では豆腐も切れない。フジツボを叩き割って関の山といったところで、まだまだ夜は明けそうにないが、この音にはもう飽きた。海沿いを歩いて、船着き場を通って、国道に出る。

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