20075.25
書くことがないからと言って、これまで書かずにいた大事なことを思いがけず半端な気持ちで書くというのは、何だか捨て鉢なうれしさが伴う。一所懸命に黙々と、南中を経て黄昏を得て、作り続けた砂の城を最後にどかっと蹴り崩す。
想像力の勝利だ、と昔思った。
杞憂、という言葉の元になった故事があって、杞の人がその後どうなったかということを考えてみる。天が落ちてきやしないか、月が、星が、降ってきやしないかと考えた人が、その考えをやめてからどうなったか。毎日毎晩不安でたまらないその人の頭は、それまで、恐ろしい妄想でいっぱいで、誰かにようやくなだめられるまで、想像は際限なくふくらみ続けていたはずだ。天を超え星を跨ぎ、星霜の遙かを見分する想像力。その人はきっと、それから、彼の想像の本を閉じたあと、ようやく呑み込まれてしまったに違いない。あっ、と驚く暇もないままに。その人はもちろん空に。あるいは月とか星に。
そういえば、この年になって、お守りをひとつも持っていないことに気がついた。小さい頃は誰かが何かしらの願を込めた小袋を、いつも鞄のどこかにぶら下げていたのに。
おそろしい。これはおそろしいことかもしれない。忘れてしまう前に、メモしておかなくちゃいけない。
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