チェリーが3つ並んだら

「経験」を計るのは難しい。

計る、測る、量る… 文字にすることすらおぼつかない。
「経験」か「未経験」か、という二択で済むなら、なんとか判断できそうだが、「経験」の豊かさをハカる物差しを、僕らは持っているだろうか。

「経験」をハカるのに、例えば特定の物事を体験した「時間の総和」でハカることが出来る、と、ある人は言うかもしれない。またある人は、現在の「能力」によってハカるべきだと言うかもしれない。
しかし同じ時間をかけたからといって、費やした労力が等しく、得られた「経験」が等しいとは思えないし、現在の「能力」だって、本来その人にどれだけの素地があったのか、改めて検証するのは困難だ。

確かに現在の「能力」の差を「経験」の差と考えるのは、どれほどか正しいように思える。その分野に対してイマイチ不得手な人に、たくさんの「経験」があると言えるかどうかは疑わしい。
しかしそれは、言葉の問題のようにも思える。「能力」の差を、「経験」の差だと、単に言葉をすり替えているだけで、根本的に2つの言葉の意味を比較検証した上で「能力」を「経験」に託しているとは、どうやら言えなさそうだ。なぜなら、「能力」の差を「経験」の差として見るとき、必ず「経験」の差というものをハカらなければならないからだ。「能力は経験の差だ」という人が、皆「経験」をハカる物差しを持っているかどうか、怪しいところだ。
そしてそれは、あくまで「能力」の差を「経験」の差として見た時の話であって、「経験」の差を「能力」の差で見た場合とは別の問題だ。
ここでまた話は前段に戻る。

「経験」はハカることが出来るか?
「経験」を「積む」という言葉があるように、何かしらの「積まれた」要素をハカることで、「経験」の総量をハカることは出来そうな気がする。では何をもってハカるか。

先日、夜道を歩きながら、何かをボンヤリと考えていたときに、ふと、「判断」という言葉に思い当たった。
「判断」とは、誰もが知っている意味、平常使っている意味としての「判断」でオッケーだ。辞書の言葉を借りるなら、『物事を理解して、考えを決めること。論理・基準などに従って、判定を下すこと。』となる。ちょっと言い換えるなら、ある問題Qがあって、それに対する答えA1、A2、A3、A4…の中からどれかを選択する、ということだと思う。答えAは数限りなく用意されていて、それをまず見つけるところから始まって、最終的に絞り込んだAの中から最良だと思ったAを選ぶ。

この「判断」という言葉は、ものすごく大まかな言葉だと思う。なぜなら、僕たちが生きているということは、言い換えれば「判断」の連続に他ならないからだ。あまりにも広範過ぎて収集がつかない恐さがある。

しかし全ての「判断」が、全く同じ価値を持っているとは言えないだろう。例えば「料理」という区分を考えた時の「判断」は、強火にするか弱火にするか、醤油にするかソースにするか、といった「判断」であり、雨が降りそうだ、傘を持っていくかいかないか、という「判断」は当てはまらない。つまり「料理」の「経験」を考えたとき、考慮すべき「判断」は、その「判断」が「料理」という区分にどれほど密接しているか、ということだろう。それがその「判断」の価値となる。
また、同じ区分での「判断」でも、価値に差をつけることができる。僕は料理は下手くそだけど、味噌汁を作る時に、「かつおだし」にするか「いりこだし」にするかという「判断」と、鍋に大根から入れるか人参から入れるかという「判断」が、どう違うかくらいはわかる。すなわちその「判断」が結果に対して及ぼす影響の程度であり、その「判断」がどれだけ「重要」かということに換言できる。
このように、同じ「判断」という言葉に括られる有り様でも、いくつかの基準によってその価値を分析することが出来るだろう。

「判断」を繰り返せば繰り返すほど、あらゆる状況の対処パターン、どのようなQの時に、どのAを選択すればどういう結果になるかが、脳内に網羅されていく。対処法の選択に、より確実な基準が作られていく。
そしてその基準の差を「経験」の差と呼ぶ。

そう考えると、「判断」は「慣れ」と似ているかもしれない。しかしどのようなものが「慣れ」であり、どのようなときに「慣れ」が発生していくのかを分析するのは難しい。もしかすると、「慣れ」もまた「判断」によって培われていくのかもしれない。

最後に少し、蛇足のように付け加えておくと、「言葉は恐い」と思う。言葉を使うのには、細心の注意を要する。
今回もなるべく慎重に言葉を選んだつもりだが、紛らわしいところもあるかもしれないし、語彙不足は否めない。言葉遊びにならないように気をつけたつもりだが、何しろ深く考えた末の文章と言うよりは、思いつきを忘れない内にメモした感じなので、ちゃんと書けてる自信はない。
長い文章になってしまったので、こうして最後に付け加えておきます。終わり。

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