筍たち

ドキドキする。ドキドキしなくていい。でも、こんなことってはじめてだ。誰もきづかなかった。マツムシのやつもぜんぜんわかってなかったみたいだ。潤んだ目をして、こっちに向かって一生懸命に指揮棒振ってた。昇天寸前だな。交尾中だった。それを慕ってついていく連中になんて、何もわかるはずがない。僕がバイオリンを弾く振りをして、一個も音符なんて鳴らしてないのだって、誰も気づいてないに決まってる。クツワムシだって、いつも偉そうに講釈してるわりに、半年前と何も変わってない。音の終わりがギザギザ鳴るのが、隣でずっと耳障りなんだ。すぐ隣にいて、僕は何も鳴らさないでいてやった。いつもよりよく聞こえた。ウマオイの低音部って、あんなにブレてたんだな。こんなことなら、僕もちゃんと弾いてもよかったかな。僕の方がずっといいに決まってる。練習だっていつもひとりでがんばってたんだ。でも、この胸の高鳴りを抑えられない。今がこんなに幸せなんだ。何も弾かないことが、こんなに満足するなんて。知らなかった。ずっとそうでいいんだ。僕はもう何も弾かない。どうせ誰も気づかない。あんな節穴の耳をしてる連中に、聞かせる音もないし、なにしろ、僕はいまこんなに、充実しているんだから!

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