20068.24
もっとそばにいってもいいかな。椅子が冷たくて風邪ひきそう。何を見てるのかな。知らないことが、もっと少なくなればいいね。そこにいって僕も眠っていい。あんまりあったかそうだから、窓ガラスが曇るよ。僕の頭は晴れるといいけれど。どこを見て眠ってるの。窓の外に何かあるの。夜がもっと長かったらいいね。それで、すぐに終わればいい。僕たちが望んだらね。
知らないだろうけど、あの屋根の向こうの海には、夜明け前、大きな蛇の頭をした怪物が、黒い水面にたくさんの石油を波立たせて、うねる海嘯のまにまに、身をくねらせて遊ぶのが見える。僕が飛ぶのを知らない。静かなしののめの葉擦れを踏んで、電線に落ちた朝露を滑って、遠い渚に出かけてゆく僕を知らないだろう。僕は大理石の埠頭を蹴って、朝のかかる前の冷たい海に潜り込む。
君が寝返りを打つと、水際に波紋が立つよ。夢の岸辺で朝を迎える。いつまでも待つよと、言うのには慣れたけれど。君を浮かべた舟が、暗い川の淵を上がってゆく。はるか朝焼けの空に、小さなひとつだけの影を浮かべて揺らす。
つづらの水を掻きわけて、沈んだ星座をたどってゆくと、パイロットもいない、無人の飛行機みたい。真珠貝があくびをする、重たい潮の向こうに、明けが渦を巻いている。この音が聞こえるかな。角貝を近づけて、朝凪が隠した、夜明けの震動を拾ってみる。海の上の、君の耳に伝わるかな。僕は渦にのまれてゆく。どこかの岸で目を覚ましたとき、君も目を開けていればいいね。
もう少し明るくなったら、そばにいってもいいかな。まるくなった君のからだにそって、僕もからだを曲げていい。僕の頭はこのままだけど、カーテンを揺らして漏れてくる、朝はきっと雲ひとつないよ。信じてみて。知らないことを考えないで、僕が手を握ってるよ。今夜もいろんなことを見てきた。眠る人の小さな耳に、こぼさないように気をつけながら。ゆっくり、ちょっとずつ、ぜんぶを話そう。朝がまだこなければいいね。それで、すぐに終わればいい。僕たちが望んだらね。窓を開けて、朝を少し吸い込んだら、またふたりで眠ればいい。そして、ずっと続けばいい。僕たちが望んだらね。
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