フロム・ミー・トゥ・ユア・サピネス

熱い。うっとうしい袖を引きちぎってやりたい。鍵はどこだ。バッグの奥底か。仕方ない。財布のスペアを使おう。ただいま、と、わっ、なんだこの黄色いガスは。部屋一杯に充満してる。うっぷ。喉が焼けそうだ。なんだ、妙なガスだ。窓を開けてもいっこうに消えてゆかない。この野郎、くそっ、散れ、散ってしまえ、ふう。だめだ。まるでおれの部屋に張り付いてるみたいだ。ああ、でもだいぶマシになってきた。冷静になってみると、けっこう甘くて香ばしい、アーモンドの焦げたフロランタンみたいだな。くらくらする。しかし、そうだ、早くシャワーを浴びなければ。もうすぐ友達のバースデー・パーティーだ。おお、よかった、クローゼットの中まではガスがきてないみたいだ。たまらない。この状況はたまらないな。でもタオルとパンツが無事でよかった。パーティーの間じゅう、内股から洋菓子の匂いを漂わせるなんて、ちょっとした上流貴族でもたまらない。さて。(シャワータイム。)ふう。思わず排水溝を掃除してしまった。ん。なんか妙な臭いが、ああ、そうだ、ガスだった。さっきよりも薄くなったのかな。見た目にはまるっきりわからなくなった。臭いもこのくらいならすぐ慣れてしまう。うん。だいたいもう臭わない。何を着ていこう。シャツを着ていこうか。シャツだ。問答無用でシャツに決定。赤シャツでいこう。赤シャツに違いない。それにしても、すっかりガスは見えなくなってしまった。一瞬だった。夢のように消えてしまった。幻だったのかもしれない。疲れていたんだ。おれの部屋に、金輪際、ガスが満ちていることなんてないだろう。ガスなんて無くても、ただ、不自由なく酸素があってくれたら、それでいいんだ。

trackback URL:

お気軽にコメントください。

comment: