20065.19
そこには水道の蛇口がある。長い間その蛇口に触れる者はなく、最後に開かれたのがいつだったか、知る人も皆消えてしまった。しかし今、ひびと風化の幾星霜を溜め込んで、歴史の真綿をじっくりと絞るように、透明な水のひとしずくが、固く錆び付いた蛇口から、大理石の地面に落ちた。永遠とも言える流れの極端にふとあらわれた小さな垂水に、呑み込まれた小舟のひとつぶ。一切の流れ淀みをまるごと引き連れて、砕け散った静思の弾丸。それは傾いだ夢に血を降らせ、乾いたくちびるに滲み込む。埃が舞って、ゆっくりと落ちる。辺りを沈黙が覆い隠す。だれひとり、次のひとしずくが、ふたたび落ちるときを知らない。
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