バの字

理由は言わないが、その早朝、かはたれのひもあさきゆめみしハイウェイ沿いをひとり歩きながら、彼は幸せにあふれていた。後夜の気を割り小気味よく、折れたステップを暁闇に弾ませる。おちこちそちこち歩き行く彼の背後に、ハイウェイから降り注ぐ冷たいビームは、濡れた石畳にポツポツと彼の足跡を漁り火のように浮かべていた。ゆらめき、あらわれ、ふと消え、あらわれ、ゆらめき、ゆらめき、遠ざかる。その火は彼にとって、最後に流した精霊のように、伸びて薄まった影のおもてをゆらゆらと流れていくのだった。ああ、何度も彼は空を仰いだ。そして、ふと、彼の炎が揺れた。風がヒュウと鳴った。髪の毛が揺れる間もなく、もう一度鳴って、さらにもう一度鳴った。それは風が、傷ついた彼の声帯を震わせたのかもしれない。乾いたくちびるに隠して、彼はずっと笑っていたのだろう。彼の顎から首筋に、桃色と藤色の絹糸の姿を借りて、幸福がしだれ掛かっていた。風になびくとそれは、朝を待つ街路樹の白い腕に、きらきらと水晶のパウダーをふりかけた。なんといってもそこには、愛のようなものがあった。不吉な顔をした犬が現れ、闇の中に消えていった。かわいそうに、ハッピーな彼は、うれしそうに小走りで、それを追いかけていった。

trackback URL:

お気軽にコメントください。

comment: