昏睡文明 その6

 先人の魂は土着しているか。深夜の住宅街を歩いている。たった今渡ってきた国道から、大規模な衣擦れの音が追いかけてくる。ここは夜が更ければ更けるほど、草木も春の夢うつつに、大型トラックの轟音がこだまする。しかしそのやかましさとは裏腹に、住宅街は圧倒的なまでに寝静まっている。もう少し上がると、高架を抜ける。この辺りの地理には明るくないが、この先のトンネルは知っている。細く、天井は低く、昼間でも人気が無く、壁には様々の落書きがある。次の角を曲がって、小さな公園の外周を巡るように進んで、ちょっとだけ坂を下れば右側に見えるはずだ。線路は砂利に覆われ、申し訳程度に鉄のレールが錆びた皮膚を覗かせている。フェンス間際には雑草が生い茂り、絡みついた蔓はときどき汚く枯れている。その茶色の蔓を、引っ張ってみる。ブチブチと小気味よい断末魔を漏らして、驚くほどあっけなく根元まで引き抜けた。こんなにたくさん貰ってしまっていいんだろうか。しかし捨てようとすると、どういうわけか名残惜しくなる。なにしろ今は、丑も眠るなんとやら。百鬼夜行に千鬼夜行、万鬼夜行に不可思議を数えるお日柄も良く。月も出ておりません。闇夜の芸術家。蔓はそうして新たに息吹き、殺伐とした線路の片隅に、盛者必衰のアラベスクとなったわけだが、果たしてそれは、土着しているのか。ラスコーの壁画には何が描かれていたか。来月の展覧会は何だろう。ゴッホの絵は奇妙に大きかった。それは違和感以外の何ものでもなかった。トラックの騒音は絶え間なく聞こえる。眠らないポルターガイスト。地縛霊が立っている。アラベスクの傍らに、なにやら恨めしそうな表情をして、こっちを見つめている。御神酒でも振る舞ってやろうか。歓迎しているんだ! 手を振って、お別れ、トンネルに入ると、精悍な顔をしたたくさんの落書きが、いかにも清浄な佇まいで、今にも剥がれ落ちそうにへばり付いていた。ここを上がってしばらく行くと、商店街に入る。そこを抜ければ、家まではもうすぐだ。

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