20063.29
彼は誰時だった。昨晩催された薪能の焼け跡が、朝露に蒸れていた。薄闇に色鮮やかな傘を開き、たくさんのくさびらが夜明けを待っていた。そしてひときわ大きな赤い傘を広げたテングタケの陰から、一人のドモヴォイが現れた。ドモヴォイは長い指でテングタケのひだを撫でながら、「普通シメジとして売られてるのは、ヒラタケを栽培したやつなんだ……。ブナシメジを栽培したのは、ホンシメジと書いてあるんだ……」と呟いた。とつぜん、バラバラと大きな音をたてて、雨が樹冠を叩いた。雨は濁った黄色をしていた。「過渡現象だな」ドモヴォイは言った。しばらくすると雨はやんだ。テングタケの赤い傘を黄色の雨滴がタラタラと伝った。木々の切れ目から、遠くの空に虹が架かっているのが見えた。ドモヴォイはどこか物憂げな目つきで見上げ、「何故、虹は七色か。アリストテレスは白と黒を考えた。インディゴは十七世紀にはもうインドから輸入されていた。オレンジくらいあったに違いない。ニュートンはそいつを知っていた」と言って、木立の中に消えた。山の端から、朝日が旋毛を覗かせていた。森はきらきらして、どこまでもメタボリックだった。
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