20063.19
十三歳のころ、
藻作は砂浜の見えるアパートに住んでいた。その年の夏休み、藻作は毎朝日の出とともに磯場に出かけて行って、岩にへばりついたヒザラガイをひとつひとつ根気良く剥がして回った。持って行ったビニール袋が剥がしたヒザラガイでいっぱいになると、藻作は家に帰って、机の上にそれらを丁寧にピン留めし、その裏側の複雑な模様を、0.3mmのボールペンでひとつひとつ仔細に描き写していった。藻作は長い夏休みの間、一日も休まずその日課を続け、新学期が始まるころには、隅から隅までびっしりとヒザラガイのスケッチで埋められたノートが、まる六冊にもなった。集めたヒザラガイは、アパートの前のドブに捨てた。そして新学期が始まると同時に、その日課もピタリと止めてしまった。六冊のノートは、『ブライトサイド・オブ・ザ・ムーン』と題されて、彼のタイムカプセルの中に入れられた。
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