鼠色の一分間

その亀は、甲羅の中で考えた。絵にも描けない竜宮城の美しさを、描いた書物は古今東西たくさんある。でもそういうのは、竜宮城の美しさを伝えれてはない。だって竜宮城の美しさは、絵には描けないんだもの。たしかにあれはやばいなあ。絵にはちょっと描けそうにない。二回しか行ったことないけど、まあ絵には描けないだろう。そういうのはたぶん他にももっとたくさんあって、そのどれもが、どんなかして描かれようとして、何かに魂みたいのを移されようとして、実際に結構そうやって試みられたりして、でもやっぱりぜんぜんだろう。正確にコピーしようとするのは、馬鹿だし、足したり引いたりは、せこいし、だからって全く別物で置き換えようとしたって無理な話だし、限界があるし、想像を喚起するとか、そういうのは逃げてるだけだろうし、だからそういうのは、竜宮城とか、結局は体験して一瞬しかないのかな、そういうのの受け皿はないよなあ、自分の頭の中でちょっとの間とっといて、あとからコーヒーでも飲みながらもっかい思い出すとか、そんなのも無理。ほんと一瞬。馬鹿みたいな努力を、ずっと何回も何回も繰り返して、みんな精一杯やってるのかもしれないけど、なんかほんと、もうちょっと報われたらいいのになあ。まあでもおれは亀だから、コーヒーも飲まないし、絵も描かないから、別にいいんだけどね。それから月が満ちて、潮が満ちてきて、ざぶんと波がやってきて、亀はどこかに流されていった。

trackback URL:

お気軽にコメントください。

comment: