危険な一日、鯨の声の倫理学

 僕の家のサボテンの近くを、昨日の朝カラスがうろついていたので、さっきふとそれを思い出して見に行ってみたんだけれど、どうも様子がおかしい、洗濯物がすっかり乾いているのを撫でてみて、さっき干したばかりなのに、と思って、取り込もうとしたら、裏側がびしょびしょになっていて、きっと何かのせいで表の水分が裏側に動いたんだな、自然はまだまだ不思議を秘めている、というのはXファイルの見過ぎだろうか、モルダー、モルダーはもういない、サボテンはヴェルヴェットのように滑らかで、プツプツと開いた穴が鳥肌のように盛り上がっていて、針はすっかり抜けてしまったのか、それはこのマンションを二週間前から覆っている紫色の湿気のせいだろうか、カラスがついばんでいったのだろうか、カラスは巣をつくるのだろうか、都会の人々の巣作りはオールシーズンなのだろうか、僕はそんなことを、窓を閉めながら考えていたんだけれど、そうこうしているうちに部屋のガラスがみるみる曇っていって、例の紫色が洗濯物を包み込んで、中からTシャツがわんわんないているのが聞こえて、そのせいで目覚まし時計のアラームがキンキン鳴っているのに気付かないで、遠い日本海の海鳴りの下で鯨が恋人を呼んでいるのにも気付かないで、はずれたカーテンのフックが窓の隙間に落ちているのを見つけて、取り付けようとしたけどどこかがダメになってるみたいで、アラームをとめなきゃ、といじくり回したり叩いたり投げたり分解して部品を焦がしてみたりガスコンロを投げたり壁を叩いたりガラスを引っ掻いたり椅子に座ったりしているうちに、割れた窓の隙間を通って、ずれたカーテンのひだをなぞって、紫色の靄が入り込んできて、うとうとしてしまって、湿度計の針がふりきれて、そういえばうちにはサボテンなんてなかったな、と思って、ライトが壊れた黒塗りの車で、真夜中のドライブに行かないか、と言って、紫色のカウボーイがしきりに僕の首の辺りを触っているところで、カウボーイの蛭のようなくちびるの動きにくらくらして、僕は気を失ってしまったんです。
 それから先のことは、どうやっても思い出せません。きっとそのペイルライダーに、いろいろ悪いいたずらをされたんじゃないでしょうか。

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